バイアウト、といっても年金債務の話です

GDP対比で見ると日本以上に大きい英国の確定給付型年金、いわゆるDB市場

本サイトをご覧になる方であれば詳しいとは思いますが、言わずもがな本邦における機関投資家の柱の一つであります。そして今日の話題は投資ではなく年金資産・負債の話題。

その年金資産・債務の世界で”バイアウト”といえば、企業買収でなく基金から保険会社などへ資産と負債を一括して移転させる取引を指します。

本日は”バイアウト”取引において先行する英国事情を取り上げます。


FT記事:Pension shift will change the UK financial landscapeより

確定給付型年金資産の運用は、ある問題を解決することを目的に行われている。その問題とは、雇用主が従業員に約束した(主に過去からの)退職後の収入の約束をどのように果たすかということである。

年金は英国の家計資産に占める割合が住宅よりも大きく、また年金の約束の多くを完全に積立ているという点で異例である。OECDによると、英国の年金資産は英国のGDPの120%を占め、ドイツ(8%)、フランス(12%)、日本(31%)よりもはるかに多いが、米国(174%)よりは少ない。確定給付型年金は約2兆ポンドの資産を保有し、確定拠出型年金はさらに2130億ポンドを占めている。

ONSが2004年に集計を開始して以来、民間企業がスポンサーとなっているDBスキームへの雇用者現金拠出額は5,200億ポンドに達している。2022年には資産価値が4,000億ポンドに下落したが、債券利回りの大幅な上昇により、負債の現在価値はさらに縮小し、制度の財務状況は大幅に改善された。(債券の利回りが上がると、年金債務の現在価値は下がる)。

このように、多額の雇用者拠出金と債券利回りの上昇が重なり、退職者にいかにして年金を保障するかという、年金制度が抱える問題はほぼ解決さ れている。確定給付型年金に加入している幸運な現在および将来の退職者にとって、これは喜ばしいニュースである。また、年金基金から永遠に続くと思われる新たな資本拠出の必要性に迫られ、疲弊している母体企業にとっても、これは素晴らしいニュースである。しかし、社会的な観点からは、この問題の消滅は新たな課題を投げかけることになる。

十分な資金を持つDBスキームのスポンサーである母体企業は、”バルクアニュイティ”または”バイアウト”市場と呼ばれる取引を通じて、加入者に対する義務を第三者に移転することができる。これは多くのスポンサーにとっての究極の目標であり、保険会社は退職者への支払い債務と責任を引き継ぐことになる。

この対価は通常、現金と英国国債で支払われ、資産は保険会社によってさまざまな債券、プライベート・デット、エクイティリリースモーゲージ等に投資される。2014年以降、この大規模取引の約35%に助言してきた投資コンサルタントであるLCPによると、2021年末までに約3,400億ポンドの年金資産がすでに移転しており、より多くの基金制度が業務終了を宣言するため、記録的な量が予想されているとのことだ。

国債市場の主役の退場が加速することは、債券市場の構造、政府の資金調達、金融政策の伝達、さらには政府やシティをはじめとする関係者の「膨大な年金資産を成長とイノベーションに資する形で展開したい」という願望に大きな影響を与える。しかし、それはまた、少数の保険会社グループが巨大な市場力を持つことになる、新しい投資環境の到来を告げるものでもある。

現在、民間の年金基金に加入する1,010万人の加入者の利益は、約5,200の評議員会、そのアドバイザー、運用会社によって監督されている。LDI危機は投資戦略が、このような大規模な投資家集団から生まれると想定されるリスク・エクスポージャーの異質性に欠けていることを明らかにした。しかし、8つの保険会社が市場を支配する未来も、全く問題がないとは思えない。

資産運用のビジネスモデルの多くは、英国のDB年金資産が大量にあることを前提にしており、こうしたモデルも変化していくだろう。しかし、DB年金の流出が加速しているにもかかわらず、業界で話をする人の多くは比較的リラックスしている。

安心できる要因のひとつは、十分な資金を持つ年金制度の流動性の低さであろう。資産のかなりの部分が凍結された商業用不動産ファンドに滞留していたり、プライベート・エクイティのビークルに閉じ込められていたりすると、バイアウトに踏み切るのは難しい。非流動性資産は今でも定期的に評価されているものの、昨年の公的資産市場の暴落を受け、「Mark to Make Believe」されているのではないかという疑いが強くなっている。非流動性資産の売却は、相場価格から非常に大きなディスカウントでしか合理的に行えない。そのようなことをすれば、受託者の受託者としての役割に疑問を抱くことになる。

第二に、年金管理会社には、サプライチェーンのボトルネックが存在する。何万、何十万という加入者の配偶者情報が正しいシステムに登録されているかどうかをダブルチェックするのは大変な作業であり、保険会社から要求される事務処理を完了するためのキャパシティが不足しているのである。あるコンサルタントに言わせると、バイアウトに移行する能力は年間500億ポンドしかないようで、これは2兆ポンドの年金市場の中では端数処理に過ぎない。こうした制約があるのは事実だ。しかし、それは永久的なものでは決してない。英国の金融業界には大きな変化が訪れている。


それでは今週もご自愛ください。

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