スローな錬金術はいかが?

Financial Times: Ellison profits from the wisdom of Oracle financial engineeringより

今日もコーポレート・ファイナンスの新しい気づきがありました。

潤沢なキャッシュフローを活かして、自社株買いを繰り返す中で自分の持分を”濃く”していく。あたかも上質なコンデンスミルクを作るかのような作業を通じながら、自分の富を増大させていくスローで、あまーくしていく錬金術。

短期視点に偏りがちだった視点に、新しい気づきを与えてくれたのはオラクルの総帥ラリー・エリソンでした。やっぱり巨人たちから学ぶことが沢山ある、つくづくそう思うのです。

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記事より

ラリー・エリソン氏によるオラクル社の”ステルス買収”は、ソフトウェア業界において最も興味深い、同時にあまり知られていない物語の1つとなっている。

エリソン氏は、データベース・ソフトウェア会社の共同創業者として、長い間、オラクルの株式の5分の1程度を保有していた。そして10年以上前、オラクルは本格的な自社株買いを開始し、フリーキャッシュフローの大半を、数百億円の借り入れを活用しながら、企業史上最大規模の自社株買いプログラムにつぎ込んできた。

ひっそりと、そして確実にエリソン氏は、保有株を売却せずにそのままにしておくだけで、個人的な持ち株比率がどんどん高まり、既にオラクルの43パーセントに達している。このペースでいけば、2026年には過半数の株式を取得できる見込みだ。ただしオラクル(エリソン氏は会長兼最高技術責任者)は昨年、医療IT企業サーナーの買収による負債を返済するため、一時的に買い戻しプログラムを縮小している。

エリソン氏が保有する株式は、地味ではあるものの堅実な業績を積み重ねてきたことに加え、こうした賢明な金融工学によって3倍以上に膨れ上がっている。フォーブスによれば、エリソンの個人資産は1,000億ドルを超え、世界で4番目に裕福な人物となった。

技術分野の最新トレンドは見出しを飾るかもしれないが、それが必ずしも大金を生む場所とは限らない。高成長ハイテク株の高値が崩れ、安定したキャッシュフロー、厳格なコスト管理、巧みな財務操作の美徳が主役になるにつれ、この事実があらためて重視され出したのだ。 

オラクルは、クラウドコンピューティングの重要性を理解するのが遅かったが、エリソン氏は「自分が発明した」と抗議している。オラクルの売上高の増加額は、2011年以降、全売上高の5分の1にも到達しない420億ドルにとどまっている。同じ期間に、エリソンの元弟子であるマーク・ベニオフが経営するクラウド企業のパイオニア、セールスフォースは、20億ドル以下だった売上を310億ドル以上に伸ばしたのと対照的ではある。

株式市場はセールスフォースの株主に大きな利益をもたらしたが、株価のパフォーマンスは、IT業界の大変化が期待されるほど素晴らしいものではなかった。

直近の上昇相場前まで、セールスフォースの株価は2011年以来4倍程度上昇していたが、オラクルは3倍にとどまっていた。しかしエリソンの会社は、ベニオフの会社とは異なり、安定した配当を支払っている。また、多くのクラウド企業がセールスフォースほどの業績を上げていないことを考えると、オラクルの株価は他の企業と比べても遜色はない。

中略

金融工学が再び注目を集めるにつれ、金融工学を避けてきた高成長企業も、それに適合するよう迫られている。セールスフォースとの比較は、大いに参考になる事例であろう。 

オラクルが通算で1,500億ドル以上の自社株買いを行い、2011年以降、株式数をほぼ半減させたのに対し、セールスフォースの流通株式数はほぼ2倍になっている。その一部は、ウォール街の反感を買い、今年初めに多くのアクティビスト投資家から注目された一連の買収の費用を賄うためである。残りの部分は、従業員に対する手厚い株式報酬によるもので、これも投資家と対立する要因の一つである。 

ベニオフ氏自身も、投資家が望むよりもゆっくりとした対応で、積極的ではなかったものの、投資環境の変化を感じ取っている。セールスフォースは、2022年に初の自社株買いプログラムを発動させ、余剰キャッシュフローを自社株買いに振り向けることを開始した。以来、40億ドルを費やして自社株を買い戻している。しかし、ベニオフ氏の関心が成長から収益へと顕著に変化したのは、ウォール街で最も有名な活動家たちが参入してきた後であり、その結果、年初から株価は45%回復している。

セールスフォースの共同創業者は、クラウドコンピューティングへの移行がITの世界全体を作り変える中で、自社が長期的な拡大期の初期段階にあると今も信じている。もしそうなら、彼の株主が将来期待できる利益のほとんどは、このクラウドコンピューティングがもたらすものだろう。しかし、今のところ、ウォール街はよりすぐに実現する報酬を求めている。

今週もご自愛ください。

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