リターンの代償として損失が生じ得る、それは当業界において当たり前の鉄則かと思いますが、私の興味がそそられるのは「どれくらい損失が生じた」という結果でなく、「その生成過程=プロセス」にあります。
というのも、アスクレピオスを中心としたファクタリング詐欺事件を当事者から描いた「リーマンの牢獄」を読んだのですが、当時在籍していた会社で身近に起こった経済事件として、雪だるま式に問題が大きくなっていくプロセスが”ゾクゾクっと”肌身で感じられる良書でありました(ただし、著者=当事者のバイアスは強めです笑)、どんどん後戻りできない様子が克明に描かれております。まさにスノーボール。
そして本日の話題はプライベートクレジットの世界。こちらは詐欺とは全く関係ない世界ですが、それでも問題は思ってもなかったところから起こります。これも損失の生成過程が本当に興味深いんです。
FT記事の中で触れられる事業者・株主・レンダーのトライアングルが自身の立場を優先するあまり、全体の更生計画が上手くいかないという負のスパイラルに陥った時、仮に自身が当事者だったとすれば、どのように建て直せるのか。これまた複雑多様な人間模様なのであります。
FT記事:How Chicken Soup for the Soul entangled a titan of private creditより
米国の独立記念日(7月4日)の直前、米国のDVDレンタルショップチェーンRedboxの親会社は資金が底をつき、最大の債権者も我慢の限界に達していた。
Redboxのオーナーである出版、番組制作、ペットフードのグループ企業Chicken Soup for the Soulは、裁判官がバランスシートの再編を監督し、10億ドル近い負債の一部を削減して事業の立て直しを図れるよう、連邦破産法第11条の適用を申請した。
しかし、その代わりに、チキン・スープ社と債権者であるプライベート・キャピタル・グループのHPSインベストメント・パートナーズとの間で激しい舌戦が繰り広げられ、デラウェア州の破産裁判官が即時清算を命じるほどの深刻な事態に発展している。
この醜い争いは、不良債権処理のベテランでさえも衝撃を受けることになる。それは企業再編の将来を予見するものであり、単独のプライベート・クレジット・レンダーが、以前は広く行われていた銀行融資よりも、借り手に対してより強力な影響力を及ぼすことができるようになることを示すモデルケースになるかもしれない。
中略
このチキン・スープ社の破綻は、プライベートクレジット業界の大手であり、1460億ドルの資産を運用し、株式公開やライバルのプライベート投資家との提携の可能性を視野に入れているHPSの投資実績に大きな打撃を与えることになった。
レッドボックスの苦境は、2016年にアポロ・グローバル・マネジメントが当時の親会社を16億ドルで買収した時にまで遡ることができる。DVDレンタルは、Netflixやその他のストリーミング企業が主流を占める世界では衰退しつつあったが、価格に敏感なアメリカ人は、食料品店やガソリンスタンドに設置されたRedboxのキオスクの利便性を享受していた。
同社はポイントカードプログラムを成功させ、4,000万人の顧客を誇っていたため、ハリウッドの撮影や食料品の対面販売が制限されたパンデミックによる外出禁止令により、レッドボックスは打撃を受けたにもかかわらず、アポロは2021年に7億ドル近い企業価値でレッドボックスを株式公開している。
その時点で、HPSはレッドボックスの主要な貸し手であり、3億ドル以上の長期貸付金を保有していた。なんとそれからわずか1年後、レッドボックスは破産申請寸前まで追い込まれのだが、そこに白馬の騎士が現れた。俳優のアシュトン・カッチャーなどの支援を受けたクラウドソーシング型IPOにより、2017年に株式公開を果たしたChicken Soup for the Soulである。
Chicken Soup for the Soulは、1990年代にベストセラーとなった自己啓発本を出版した出版社である。2008年にはベテランのメディア起業家であるウィリアム・ルハナが同社を買収し、ビデオ制作に参入した。
チキン・スープは最終的にソニーのビデオ・オン・デマンドのスタートアップ企業であるクラックルを買収している。 さらに2022年、レッドボックスは株式交換によりチキン・スープと合併し、レッドボックスの評価額は4億ドルちょっととなった。
この評価額のほとんどは、HPSが保有する貸付金によるものである。投資会社は年間5億ドル以上の収益が見込まれる新会社にさらに資金を投入した。ちなみにアポロは取引完了後、すぐに持ち株を売却している。
HPSは提携を支援する以外に選択肢はないと考えていた。レッドボックスはパンデミックからまだ立ち直っておらず、連邦準備制度が金利を大幅に引き上げたことで市場が停滞していたため、破産した場合にその事業がどれほどの価値を生み出すかは不明であった。
「私たちは彼らを支援しようとしました。」と、この取引に関わった人物は語っている。「私たちは融通を利かせ、解決する時間を与えようとしましたが、その後、会社に対する信頼を失いました。」レッドボックスとチキン・スープの取引が完了してから数か月後、HPSとチキン・スープの関係が悪化し始めた。CEOルーハナ氏は、HPSが合併時に株主に対して約束した成長計画を実行するのではなく、チキン・スープに圧力をかけようとしていると確信するようになった。中略
一方のHPSもルーハナ氏に懸念を抱くようになり、チキン・スープの業績不振について話し合うために、経営陣との会談を強く求めるようになった。 ビジネスがどのような状況にあるかを判断するために必要な情報がHPSに提供されていないと、HPSは考えていた。
そして問題は1年前に表面化した。新たな融資がなければ、チキン・スープ社は2023年のハリウッドストライキ後に興行収入が回復し始めた際に映画を確保できず、事業は死のスパイラルに陥る。一方で、優先株主への配当は継続され、債権者をさらにいらだたせていた。
HPSは最終的に、昨年11月にルーハナ氏が確保しようとした4000万ドルの融資に異議を唱え、契約締結の承認までにわずか8日間しか与えられず、「何の情報も与えられなかった」と主張した。 その時点では、ビジネスは急速に悪化していた。2023年の損失は、資産減損を含めると、前年からほぼ6倍の6億3700万ドルに増加していた。
HPSはチキン・スープに対し、その11月に破産の準備をするべきだと伝えた。しかし、ルーハナ氏は資本調達を継続した。HPSは折れ、ルーハナ氏がHPSの負債を返済するために2億ドルを用意できるのであれば、保有ポジションの60%をカットすると述べた。しかし、彼の提案した資金調達はどれも成立しなかった。
「約束が破られるというパターンがあった」と、HPSの弁護士は法廷で述べている。しかし、チキン・スープに近い人物は、「HPSの協力を求めるたびに、貸付契約や提案が繰り返し消えてしまうブラックホールだった」と語った。
6月に破産申請を行った際、HPSに対する負債は利息を含め5億ドルを超えていた。一般的な破産の基準から見ても、チキン・スープ社は混乱の極みで破産を申請したように映る。破産申請当日、同社の弁護士は、銀行口座には2万5000ドルしか残っていないと述べた。
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「私は深刻な経営の不手際を数多く目にしてきました」と、最初の破産弁護人が辞任した後、チキン・スープの弁護を担当したリチャード・パチュルスキー弁護士は7月10日の公聴会で述べた。パチュルスキー弁護士は公聴会で、同社の経営陣は「私がこれまでに見たこともないような大惨事」であり、「ここで起こったことは率直に言って犯罪行為だ」と述べた。ルーハナ氏はフィナンシャル・タイムズ紙に対し、HPSが彼の救済融資計画を阻止し、その結果として清算の決定に責任がある、と語った。
ルーハナ氏の弁護士は、不正行為や経営の不手際を否定した。「私は清算を考えていませんでした。むしろ、従業員への給与支払いと福利厚生の維持に必要な資金は確保していました。残念ながら、当社の主要債権者(HPS)がそれを妨害したのです。同社を清算に追い込むことが、HPSにとって回収額を最大化する最善の方法だと考えられていたと、事情に詳しい人物は語った。同社は最終的に、投資額の50~70パーセントを回収することを期待している。この数字には、すでに貸付金から回収した利息や手数料も含まれている。
以下省略
それでは今週もご自愛ください。