マネーは彷徨う

次のマネー逃避地は?

週末のイラン空爆は衝撃的でした。まさか、という思いでニュースに目を凝らし、米国がMOPを14発も投下した事実に、その本気度を痛感しながら、次の瞬間には、今後の展開を憂慮することになり、なんだか日曜の空気がグッと重たくなりました。

さて、気持ちを切り替えつつ、金融業界全体を俯瞰してみると、実はいまスイスで、資産運用業界にとって固唾を飲んで見守るようなイベントが進行中です。それは「相続税に関する国民投票」であります。

経済的な格差が拡大しやすい21世紀型資本主義のなかで、世界各地で格差是正に関する議論や政治運動が活発化していますが、その波は保守的であった金融王国スイスにも及び、「生まれながらにして富を持つ者」への疑念や不公平感が、もはや無視できないレベルにまで達しているのでしょう。

一人当たりGDPの高さを考えれば、「国民全員が富裕層」と言いたくなるような国です。そのうえ金融サービス従事者の割合や社会的影響力を勘案すると、これまでほとんど議論にすら上らなかった「税率の引き上げ」というテーマが、ついに政治のテーブルに載せられました。

今回の国民投票は、趨勢としては否決される可能性が高いと見られています。しかし、「圧倒的多数で否決されるべき」と語られている議題となり、その結果には要注意であります。

記事中で触れられておりますが、イタリアは相続税が4-8%と以外に低く、また別の記事では絵画にかかるVATが22%から大きく引き下げられるとの見通しも語られております。もしかすると次のPB大国はイタリアになるのかも??


FT記事:Inheritance tax referendum spooks Swiss super-richより

スイスでは、超富裕層に対して50%の相続税を導入するかどうかを問う国民投票を11月に控えており、弁護士や銀行家の間で、英国のように富裕層が国外へ流出するのではないかとの懸念が高まっている。

アルプスのこの国では、5,000万スイスフラン(約6,100万ドル)を超える遺産や贈与に対し、連邦レベルでの課税を新たに導入する是非を国民投票で決定する。現行の州ごとの税制度とは異なり、この提案では配偶者や直系の子孫に対する免税措置が存在しない。

この投票の動きは、英国が「ドミサイル(非居住者)制度」の変更により、非居住外国人の全世界資産を相続税の対象としたことで富裕層の国外脱出を招いた後に起こっている。一方、ドバイやイタリアなどは富裕層の誘致を強化している。

スタイガー法律事務所でプライベートクライアントを担当する弁護士ジョージア・フォティウ氏は「英国からの流出者を受け入れるチャンスにおいて、スイスは完全にタイミングを逸した。損害は既に出ている」と語った。「スイスに来る人が全くいなくなったわけではないが、代わりにイタリア、ギリシャ、アラブ首長国連邦などを選ぶ人が増えている」。

この税制提案は、2022年に極左政党である若手社会主義者(Young Socialists)が気候変動対策の財源確保を目的として提案した。スイスでは、10万人の署名を集めれば国民投票にかけることができる。

ジュネーブに本拠を置くロンバー・オディエのマネージングパートナー、フレデリック・ロシャ氏は「提案がなされた時点で国全体が投票にかけられる仕組み自体が、不要な不確実性を生む」と批判した。「こうした提案が存在するだけで有害だ」。

ロシャ氏はまた、この提案は全国に点在する中小企業の経営者や起業家ファミリーにも影響を及ぼすと述べ、多くの人々は資産の大部分をビジネスに投じていると指摘した。

スイスで最も裕福な人物の一人であり、鉄道車両メーカー、シュタッドラー・レールのオーナーであるペーター・スプーラー氏は、公にこの提案を「スイスにとっての大惨事」と非難し、相続人が最大20億スイスフランを支払う可能性があると述べた。

この新税導入の可能性は、近年クレディ・スイスの崩壊や新たな金融規制の導入などで揺らいできたスイスの「安定性」という評判に、さらなる打撃を与えるリスクがある。

BDOチューリッヒの税務・法務部門責任者であるシュテファン・ピラー氏は「贈与税・相続税においてスイスは常に極めて良好な環境を提供してきた。我々が支援するファミリー企業の中には、この提案が可決されれば大きな問題に直面するところもある」と語った。

新税は、相続税が4〜8%であるイタリアや、相続税・贈与税が存在しないドバイ、香港などと比べ、スイスを著しく不利な立場に置くことになる。

スイスの経済団体エコノミースイスは今週、このイニシアチブが「スイスを国際的に信頼性が高く安定したビジネス拠点としての地位を脅かす」との声明を発表した。

投票日が近づくにつれ、既に国外移住を決めた人や、移住の決断を保留した人も出てきている。

ロシャ氏は、ロンバー・オディエでは「リスクを避けるために投票前に国外移住を決めたスイス在住の富裕層家族を複数確認している」と述べた。また、国外の顧客の中には「極めて有害な提案による不確実性」を理由に、スイスへの移住を見送った例もあるという。

チューリッヒ拠点の別のプライベートバンカーは、ある最重要顧客がリヒテンシュタインに移住したと明かし、「たとえ今回の提案が否決されたとしても、数年以内に再提案される可能性を懸念して移住を決断した」と述べた。

ただし、他の銀行では、依然として多くの富裕層がスイスへ資金を移しているという。

あるプライベートバンクの幹部は「世界的な市場の不安定さを受け、現在あらゆる地域から大量の資金が流入している。特にアメリカ人の動きが活発化しており、トランプ政権下でその傾向が強まっている」と述べた。

ロンドンに拠点を置く、投資による市民権・居住権取得を支援するコンサルタント会社ヘンリー&パートナーズの会長クリスティアン・ケリン氏は「スイスの魅力が損なわれたとは考えていない」との立場を示した。

「確かに、導入の可能性を見極めるために様子見をしている人々もいる。しかし、我々のクライアントは非常に聡明で、スイスが簡単にこうした税制を導入しないことを理解している」。

スイスの行政府である連邦評議会、ならびに上下両院の議会は、この提案をすでに否決している。また、専門家も、スイス国民が歴史的に富裕税に対して否定的であることから、11月30日の国民投票でこの案が可決される可能性は低いと見ている。提案を可決させるには、全国の過半数の有権者と、26の州の過半数の賛成が必要となる。

ただし、ロシャ氏は「僅差での勝敗となれば、数年後に同様の議論が再燃する可能性が高く、スイスの予見可能性に悪影響を与える」と懸念を示した。「今ここで圧倒的多数で否決されることで、今後20年はこの議論に終止符を打つ必要がある」。


今週もご自愛ください。

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