少し俯瞰した視点で世界を見渡してみると、金融業界の中にも意外なところで資金ギャップに悩むセクターが存在することに気づかされます。
その多くは、需給ギャップを金額ベースで捉えたとき、あまりにも巨額であるがゆえに、誰も手をつけられず、結果として長らく放置されてきたという背景があるのかもしれません。
その中でも先鞭をつけた一人として私が勝手に想像しているのが、Apolloのマーク・ローワンCEOです。彼が着目したのは、生命保険会社におけるALM(アセット・ライアビリティ・マネジメント)ギャップ、つまり資産と負債のデュレーションミスマッチの問題でした。
生命保険会社は保険金支払いまでの期間が長く、すなわち長期負債を抱えるビジネスモデルです。ところが資産側でそれに見合う長期の投資先を見つけにくい、特に世界的な低金利環境では利回り確保が困難であり、このミスマッチが経営課題となっていました。
そこでローワン氏は、オルタナティブ投資をポートフォリオに組み込むことで、より高いリターンを追求し、利差益を拡大することでデュレーションギャップを埋めるという戦略を採用します。このアプローチは見事に成功し、他社もこぞって追随したことは広く知られています。
そして、もう一つ注目すべき資金ギャップは、損害保険業界における“将来の不確実性”に対するリスクマネーの不足です。
気候変動の影響と見られる自然災害、例えば台風や山火事の頻発や、従来の発生パターンからの乖離が報告される中、過去データに基づいて設定された保険料だけでは補償が賄いきれないケースが増えています。
そして週末のFinancial Timesが取り上げたのが、まさに”プロテクション・ギャップ”の問題です。
FT記事:Insurance needs $1tn from private equity to close gaps, says Aon chiefより
保険業界は、自然災害およびサイバー攻撃に対する補償のギャップを埋めるべく、プライベート・エクイティやその他の大口投資家から1兆ドルの投資を呼び込む必要があると、世界最大級の保険仲介会社の一つであるAonの最高経営責任者グレッグ・ケース氏は述べている。
「今後10年間で代替資本として1兆ドルを導入できなければ、我々の取り組みは失敗する」と、ケース氏はフィナンシャル・タイムズ紙に語った。
Aonの分析によれば、2000年以降に発生した自然災害の被害額のうち、保険により補償されたのは全体の3分の1未満である。このことは、資産価値の上昇、気候変動による暴風雨の激化、伝統的な保険会社のリスク許容限界の到来などに起因する、実損失と保険による補償との間の「プロテクションギャップ(補償の空白)」の存在を示している。
ハリケーンやサイバー攻撃のような大規模損害は株式市場との相関が低いため、ソブリン・ウェルス・ファンド(政府系ファンド)や年金基金など、リターンの分散を求める投資家の間で、保険市場への関心が高まりつつある。
ケース氏は、同分野への投資は今後5年間で倍増すると予測している。
「保険資本に加えて、他の資本プールへもアクセスできる限り、クライアントが直面するボラティリティ(変動性)を緩和するため、可能な限り多くの資本を呼び込みたい」と述べている。
ヘッジファンド、政府系ファンド、富裕層などは、災害時に支払い義務を負う代わりに2桁台の利回りを得る「キャットボンド(災害債券)」や、専門の投資ファンドを通じて、保険リスクに資金を投じている。
これらの手段および類似の投資ビークルは、既に1,150億ドル超の代替資本を呼び込んでいると、Aonは報告している。
しかしながらケース氏は、自然災害やサイバーインシデントによる損害が拡大し、企業による補償ニーズが高まっていること、また伝統的な保険会社がリスク分散の観点から個別契約の引受を抑制していることを受け、今後さらなる成長の余地があると指摘している。
プライベート・キャピタル企業は、キャットボンドや専門ファンドに加え、その他の構造を通じた資本供給を開始している。
2024年12月、米国の保険会社AIGは、ポートフォリオ内の発生確率が極めて低いリスクに対処する目的で、ブラックストーンが運用するファンドを活用した7億1,500万ドル規模の新たな事業体を立ち上げた。
ケース氏は、変動性の高まりが保険需要を拡大させている一方で、代替投資家にリスクを理解させるための努力がこれまで以上に重要になっていると述べた。
「リスクを理解できなければ、資本を投じることはない」と同氏は語り、近年の保険投資の成果にはばらつきがあると付け加えた。
「最も優れた事例は極めて好成績を挙げているが、多くの投資家は『このボラティリティに見合うだけのリターンがあるのか』と問いかけている」と締めくくった。
それでは今週もご自愛ください。