投資戦略

米国プライベートデット投資の税務=ECI /UBITへの対応策【実務家向け】

注:以下はあくまで当方の知識・経験に基づく見解であり、必ずしも正確性を期するものではございません。詳細は専門家とご相談ください。

今回もDiagonalらしくマニアックな話になりまして、しかも長くなってしまいました。どうか実務家以外の方はスルーしてください笑。なにしろ日々の暮らしには全く無縁の問題ですから。

さてさて、問題の所在は一世を風靡した感のある、米国プライベート・デット戦略。その中でもダイレクト・レンディングと呼ばれる、シニアもしくはユニトランシェを中心とした貸付戦略は、幕内弁当で言うところの「ご飯+梅干し』的な存在感を発揮しておりまして、まさにプライベート・クレジットにおける一丁目一番地となっているのはご承知の通りです。

そして当該戦略を取り扱うことになった実務家であれば、必ず向き合わなくてはならない”名前を言ってはいけない例の問題”に直面する、あるいはしたことでしょう。察しの良い方であれば、それって!もしかすると・・・ECIもしくはUBIT?。そんなあなたは同じ船の仲間達です。どうか今後入ってくる後輩たちにも、この記事を伝承してくださいませ。

 

すべてはECI/UBITに始まる

いきなり横文字で恐縮ですが、米国プライベートデット市場に日本の機関投資家が投資する際には、米国特有の税務リスクである

 ECI(Effectively Connected Income)UBIT(Unrelated Business Income Tax)という二つのキーワードが重要

そんなの聞いたことがないよ!的な用語だとは思いますが、対策をとっておかないと思わぬ追加税負担や米国内での申告義務が生じる可能性があります。なにしろ、せっかく獲得した投資リターンが減っちゃったよ、そんな事になり得るので、運用会社が知恵を絞ってECIとUBITが課税されないように対応している訳です。

そして編みだされた対策として、最もポピュラーなシーズンド・ファンド(Seasoned Fund)とも呼ばれる”時間差”戦略に焦点を当てて説明します。

ECI(Effectively Connected Income)ってなんですか?

ECIとは「外国人投資家が米国内で事業(貿易または業務)を行って得た所得」を指す米国税務上の概念です。

まずはこいつが相当範囲が広い。米国税法上、外国法人や非居住者個人が”米国において事業に従事している”とみなされた場合、その事業から生じた米国源泉所得(ECI)については、米国の居住者や法人と同様の税率で課税され、確定申告義務も生じます 。

具体的には、外国人投資家が”米国で継続的に収益を上げるビジネス”に関与していると判断されると、当該収入はECIと扱われ、米国連邦所得税や州税の課税対象になり得ます 。さらには外国法人の場合、課税後利益に追加の分配税(ブランチ・プロフィッツ税)を課される可能性もあり、税負担が一層増すことになり、投資家にとってはベギラマ級の大ダメージです(古い)。

背景として、米国税務当局(IRS)は「米国内で反復的に貸付(ローン拠出)を行うことは金融業として米国で事業を営んでいるとみなす」と考えているらしい。

つまり、日本の投資家が米国企業向け直接融資(ローンオリジネーション)を直接行ったり、あるいはファンド経由でも間接的に行っている場合、それは米国で事業を行っている(USTB=U.S. Trade or Business)と見做され、そこで得られる金利収入等はECIとして課税されるかも?という懸念。実務家としてまずはこれを避けたい。

通常、外国人が米国から受け取る単純な利息や配当収入は、FDAP(定期的受取所得)として源泉徴収のみで課税関係が完結し、場合によってはポートフォリオ利息の非課税枠により源泉税率0%になることもあります。

しかし、ひとたびECIと判定されれば話は別で、その所得は源泉徴収のみでは済まず、外国人投資家自身が米国で確定申告を行い納税しなければならなくなります。ガーン・・・。このようにECI認定は手続面でも重い負担となるため、外国人投資家にとってなんとしても避けたい。いやそれは悪夢だわ笑

もう一つのハードル:UBIT(Unrelated Business Income Tax)

UBITは主に米国内の税制上非課税とされる投資家(年金基金や財団などの§501(c)免税団体)に関わる概念

簡単に言えば、「本来非課税の組織が、その本来の目的と無関係な事業所得を得た場合に課される税金」がUBITです。なんだか本邦宗教法人の事業所得みたいな話題です笑。ただしテクニカルな理由でもUBITが発生するケースが考えられる訳でして、特に注意すべきが以下の2点かと思います。

  1. ファンド・レバレッジの使用による投資収益 – 資金借入(デット)を利用して資産を購入・運用する場合、借入を利用した部分の収益は「債務控除所得(Debt-Financed Income)」としてUBTI(Unrelated Business Taxable Income:課税対象となる無関連事業所得。スペルが紛らわしい笑)に該当するかも?という論点があり、ファンドがレバレッジを使って収益拡大を図るとき、この点に留意が必要
  2. 事業活動を行うパートナーシップへの投資 – ファンドを通じて事業会社やオペレーションを伴う事業ファンド(パススルー事業体)に出資した場合、その下流の事業体で生じた事業所得がパススルーで上流のファンドに流れてきます 。このように上流ファンドが間接的に事業所得を得る構造では、結果的に税免除投資家にもUBTIが発生し、課税対象となってしまうかも?

ダイレクト・レンディング戦略に直結する問題

では、なぜPD、とくにダイレクト・レンディング投資でこのECIの問題に特に注意しなければならないのでしょうか。ご推察の通り、

米国での”反復継続される”直接融資という活動が、米国内の事業もしくは業務とみなされ、ECI課税のリスクと隣り合わせだから

日本の機関投資家が米国内での貸付を行うファンドにリミテッド・パートナー(組合員)として直接出資している場合、その投資家は米国で金融業を営んでいると見られる可能性があります。その結果、当該ファンドから配分される利息収入等は外国人投資家にとってECI(米国事業関連所得)と扱われ、現地で納税・申告義務が発生してしまう、というカラクリです。

実務ではどのような手立てを講じているのか

んでもって対策法です。代表的な対策がいわゆるシーズン・アンド・セル(Season and Sell)と呼ばれる”時間差”対応です 。この戦略では、Onshore(米国内)とOffshore(だいたいケイマン)の2つのビークルを組み合わせ、ローンの組成と保有・売却のプロセスを分離します。

基本的な仕組みは次の通り:

オンショア側ファンド – 米国内に設立されたオンショア・ビークル(通常はデラウェア籍のLPやLLC)がまずはローンのオリジネーションを担当します。

  • 米国内の借手企業に対し、このオンショア・ファンドが自らの名義と資金で貸付を行い、ローン債権を取得
  • 重要な点は、このオンショア・ファンドは外国人投資家の代理人ではなく、自らの勘定・裁量で貸付を行うこと
  • これによりローン組成による事業活動はオンショア側に留まり、外国人投資家には直接帰属しないような建て付けに

シーズン・アンド・セル処理の流れ

シーズン期間の確保 – そして、肝となる時間差対策です。

    1. オンショア・ファンドは取得したローンを一定期間保有しながら、貸付先からの利息収入を得ると同時に、貸付資産のリスクも負担(当たり前ですが)
    2. 税務アドバイザーの指針に従った期間(実務的には30日から120日であるパターンをよく見かけます。ただし長い場合は6か月程度もあるみたいです)だけローン債権をオンショア側で保有
    3. 当該一定の期間を経てオフショア側に売却、これをシーズン&セルと呼びます

 

ここでポイントとなるのは

オリジネーションの時点では、オフショア側がローン取得をあらかじめ約束していないこと

オンショア側は任意のタイミングで、しかも自己の裁量に基づき第三者を含む対象にローンを売却できますが、それはオフショア側への優先的な売却権が設定されていない、というのが約束。

このようにオンショア側がオフショアと連動していないことを理由に、外国人投資家はローン組成時の事業活動に関与していないと主張しやすくなる構造です。

オンショア側ファンドは保有するローン債権(またはその一部)を時価(当該時点の公正価値)で売却

時価っていうのがポイントですよ。マーケットプライスです。そこで”たまたま”購入するのがオフショア側ファンドであり、オンショアからの売却提案を受け、独立した投資判断に基づいて、そのローンを買い取ります。

ファンド・ガバナンス体制

オフショア側はオンショアのファンドマネージャーとは別の独立した投資委員会・審査会の承認を得るなど、形式的にオン側とは連動せず、独立した事業体・購入者であるという点が重要。最終的に、オフショア側ファンドは二次流通市場でローンを購入した投資家という立場になり、その上で米国内ローンから利息収入を得る形となります。

このシーズン&セル手続きにより、オフショア側ファンド(ひいてはその出資者である日本人投資家)はローンの保有による利息収入を得ても、それは米国で事業を営んで得たものではないと主張しやすくなります。

なのでECI対象利子所得ではなく、単なる投資収益として扱われ、米国内で課税・申告義務を負わずに済む可能性が高まるというカラクリです 。もっとも、シーズニングを成功させるには十分に練られた運営ガイドラインと体制拡充が求められ、我々にとっても必須のDDポイントになります。オンショア側とオフショア側の資金関係にも配慮が求められ、

オンショア側に十分な自己資金や別の出資者がいること=オンショア側のオリジネーション行為が、オフショアからの資金頼みになっていないこと

用心には用心を重ねる

さらなる強化策:オフショア・フィーダー(タックス・ブロッカー)の活用

上記シーズニングに加えて、オフショア・フィーダー法人(いわゆるタックス・ブロッカー)の活用も実務としては採用されているようです。これは組合でなく、会社型法人もしくはユニット・トラストを投資ストラクチャーに挟むことで、ECIやUBITが投資家本人に直接及ばないようにする手法もあります。典型的には、日本人投資家はケイマン諸島等に設立された現地法人をフィーダーとして経由し、その法人もしくは信託を通じてファンドに投資します。

このオフショア・フィーダー会社型法人OR信託が、税務上「タックス・ブロッカー」として機能

もしファンドの収益が何らかの理由でECIやUBITに該当する場合でも、その課税義務はまず法人であるフィーダーに課され、裏の株主・出資者である投資家には直接波及しません 。

実際には、前述のシーズン戦略等によりファンドレベルでECI/UBITが発生しないよう対策しているため、ブロッカー法人に課税が生じるケースは限定的ですが、それでも念には念を入れて二重三重の遮断構造を取る事例が、本邦機関投資家による案件では散見されます。(どちらかというとユニット・トラストが主流?)

他にもマイナーな対策(例:米国側でC法人を用いるブロッカー戦略、米国との租税条約を利用して利息源泉税率を下げる方法、さらにはBDCやRIC(登録投資会社)の仕組みなど)用いる方法がありますが、細かすぎるので省きます。

税務インパクト比較表

代表的な投資ストラクチャーごとのECI・UBITリスクと米国での申告義務の有無を比較しています。

さらなる論点:OID

無事シーズン&セルを実行すると、オンショアとオフショアのビークル間でリターンが違ってくる事にお気づきでしょうか。特に問題となるのはOID。

OID(Original Issue Discount)とは?

以上に述べたように米国DL戦略において、ECI課税リスクを回避するための手立てが講じられていますが、すべての収益をそのままオフショアまで持ってこれない、ということに気づきます。その代表例がOID(Original Issue Discount:つまりは発行時の割引額、もしくはフィー収入)です。

OIDは、額面よりも低い価格で発行された債券や貸付において、発行時から償還までに生じる差額(利息相当)を段階的に認識する

この収益は「蓄積ベース=つまりはアモチゼーション的に段階認識」で毎年少しずつ認識されるので、投資家の税務上の所得として計上されます。重要なのは、OIDはその発生時点(オリジネーション時点)で帰属先が確定するため、後からの二次取得であっても、当初貸付に紐づく割引部分はECI課税対象となる可能性があり、すべてをオフショアに移転しづらい。というか持って来れない、という問題です。実務ではOIDが1.5%とか2%ケースもあるので、無視できない存在なんですよ。

OIDはシーズニング期間のアモチを考慮した部分しか移転できない(つまりはよりParに近づいた値段)

なのでシーズニングが長いとオンショア・オフショアで差が大きくなるという実務上の悩みに直面します。なので、どうしても利回りだけ考えるとオンショア>オフショアになってしまい、さらにはビークル設定時の組成コストや管理コストも上乗せされてしまい、グロスとネットの格差も広がってしまうという悩みがあります。

ただし・・・・朗報もあります。

期中コベナンツ抵触時などに一時的に猶予期間を与えたり、回収権を行使しない状態にするWaiver状態になった時に、契約書を修正します。その際にはアメンドメント・フィーを徴求することが多いのですが、

アメンドメント・フィーはオフショアの投資家も獲得でき、リターンの源泉として認識できる

オリジネーション行為には携わっていないが、二次流通市場で取得した債権保有者として、債権者平等の原則に従いそのままもらえるというロジックです。まあ、そもそもCov-liteでした。なんて笑い話はあるのですが、市場のストレスが高まった場合にこのWaiverが頻発するので、意外とバカにできないのですよ(1%ぐらいもらえる時があるんで)。

そして、当然ですが

期限前弁済された時にもフィーが発生するので、これも収益認識できる

なので、入り口のOIDだけが少し減ったりするのですが、一歩引いた目で眺めてみるとオフショアビークルでも得られるものは多い、というのが帰結ということで。これを勘案してもオフショア投資家がDL戦略に取り組む意義がある!という結論に至ります。

 

いやー思ったよりも長くなりました・・・どうか皆さんのお役に立ちますように!

注:あらためて、実務においては専門家のアドバイスを求められますように切にお願い申し上げます。

今週もどうかご自愛ください。