監督者の失敗

市場にすべてを委ねれば物事がうまく進む。私たちは経験の中で、必ずしもそれが真ではないことを歴史から学んできました。

その学びを活かしながらも、それでも効率性を追求することは大切であり、特に公共財を長期安定効率的に稼動させていく難題に、プライベート投資会社含め、各国・セクター様々なレイヤーでの努力が積み重ねられ、社会が”ファンクションしている”事実に、まずは敬意を表したいと思います。

その流れで今週はインフラ民営化の先駆者である英国に注目してみました。

近年、どちらかと言うとうまくいっていないプロジェクトに焦点があたり、特にその水道事業の不振ぶりが市場から大きな注目を集めています。本コラムでもたびたび取り上げてきたThames Waterの事例が、その代表格でして、問題の所在は、果たして事業者なのか、それとも監督機関なのか。激しい議論←イマココ、状態であります。

この事例は、我が国にとっても多く学びを得られる、と考えておりまして、とりわけ事業者および監督者両者に対する適切なインセンティブ設計がめちゃ大事!という視点です。きっとハーバードのケーススタディにも取り入れられることでしょう(推測)。それは市場の失敗、でなく監督者の失敗という視点であり、どうすればそれが防げたかという学びになるかと。


FT記事:コラムLEXより”Farewell Ofwat — it’s time UK water had a fresh start”

誤りはさらなる誤りを生みやすい。

壮大な失敗の後に自分の能力を証明しようとする手に汗握るような衝動は、思考をゆがめ、判断を曇らせ、さらにはクラブやラケットを振る能力にまで影響を及ぼすことがある──これはエリートアスリートならよく知っていることだ。

これは、ある意味でイングランドの水道業界に起きたことでもある。深刻な汚染事故、適切に維持されていないインフラ、そしてそれらを修復するための資金を投入したいという投資家の不足という問題を抱えるに至った。そして、それゆえにジョン・カンリフ卿が規制機関「Ofwat(オフワット)」の廃止を提言したのは、理にかなった判断と言える。

Ofwatが過ちを犯してきたのは疑いようがない。

水道に関する監督機関は数多く存在し、責任は分散されているが、それでも規制当局であるOfwatがこの業界の問題の多くに対して主たる責任を負うべきである。物理的なインフラへの投資不足や、極端に借入金の多い企業──代表例がテムズ・ウォーター──の出現は、「緩い規制」と「水道料金を低く抑えようとする姿勢」が主な原因だった。

仮にOfwatが過去の誤りから学んでいたのなら、再起のチャンスが与えられてもよかったかもしれない。しかし、過去の失敗が現在のアプローチをゆがめている。豪雨時の下水道越流(雨水や汚水の漏出)から、経営陣のボーナスに至るまで、世論の怒りが高まる中、Ofwatは監視を強化し、多額の罰金を科し、水道会社との対立的な関係に傾いている。こうした「事後対応」は理解できるが、業界に新たな投資を呼び込むには、「ムチ」だけでなく「アメ」も必要だ。

独立水道委員会の報告書は、規制のあり方を見直す好機となる。

たとえば、各種規制機関を統合し、プロジェクトのコストと便益を同じ場で議論できるようにする提案などは有意義だ。

中でも最大の提案は、机上のモデル分析から、銀行業界で主流の「監督型規制」への移行である。これは、業界の専門家たちが企業の動向を密接に監視するスタイルだ。チームを組んだ専門家や技術者が企業の戦略を評価する体制の方が、過去のコストデータのスプレッドシートに依存する方式よりも、水インフラの長期的な維持管理にとってはるかに有効だと考えられる。

しかし、Ofwatを廃止すべき最も強い理由は、業界に「やり直しの機会」を与えることにある。

新しい規制機関は新たな人材を採用できる。報告書にあるように、公務員の給与制限が適用されないのであれば、適正な報酬を支払うことも可能だ。そして、新規の投資家との間に建設的な関係を築くことができる。投資家は英国の水道業界に資本を投じる必要があり、そのためには資本コストを下げることが求められる。

組織の文化や評判を変えるのは難しい。企業もよく知っているように、単に経営陣を入れ替えただけでは、根強い特性を変えることはできない。時には「馬小屋を丸ごと洗い流す」ことこそが最善の道なのだ。


それでは今週もご自愛ください。

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