投資戦略

Thames Water危機に学ぶインフラ投資

はじめに:インフラの“コア投資”でも、油断できない

水道・下水のような公益セクターへの投資は、オルタナティブ投資の世界でしばしば”コア戦略”に分類されます。需要が急落しにくく、地域独占・規制料金という“守られたキャッシュフロー”に見えるからです。

ところが、英国最大級の水道会社 Thames Water は、負債約170億ポンド規模とされる負債過多の資本構成のもとで信用力が毀損し、2025年には最大約30億ポンドの緊急資金に頼る局面まで追い込まれています。コア戦略としての中核アセットのはずなのに、どうして?

この事例が示唆に富むのは「上下水道=コア資産」ではなく、規制設計・履行義務・資本構成・政治リスクが噛み合うと、コアに見える資産でも資金調達が先に詰まり、投資の論理が崩れる点だと思います。

そこで、今回の記事はThames Waterを中心に、コア投資を再考しつつ、以下の点に触れてみたいと思います。

  • 何が問題だったのか

  • なぜ資金調達で行き詰まったのか

  • 投資評価を行う際に、どこに注意・点検すべきだったか

だだし参照する情報・データは公開情報に基づきますので、案件について正確な理解を保証するものではないことにご注意くださいね。

1. まず事実関係を理解してみる

Thames Waterはロンドン周辺で約1,600万人に水道サービスを提供する公益事業体です。このところ財務悪化が深刻化し、2025年2月には裁判所が流動性を確保・延長するためのリストラクチャリングを承認したと発表されています。報道では、同社は最大30億ポンドの緊急資金を確保するため裁判所承認を得たことが報じられ、負債は約170億ポンド規模とされています。Moody’s が信用力を深いジャンク水準へ下げたことも話題になりました。

そこで、まずは以下の言葉を皆さんに投げかけたいと思います。

長期・安定型と思える公益事業でも、収益が安定する前に資金繰りと信用力が先に枯渇することがある。

2. 5つの歯車が同時に逆回転してもうた

Thames Waterの問題が深刻化した背景としては、「単に業績が悪い」ではありません。公益セクター特有の構造として、次の5つが逆回転したことで、資金調達環境が急激に悪化したことに着目すべきです。

(1) レバレッジ掛けすぎ → 格下げ → 資金コスト上昇(そしてその流れが加速)

報道では負債約170億ポンド規模とされ、格付けもジャンクへ下がっています。格下げは当然ながら、新規資金の金利・条件を悪化させる方向に働き、今回の事例では「値上げが自由でない事業であり、追加利払負担に対応しづらい構造」が白日の元に晒されました。頼りになるはずの「安定キャッシュフロー」は、背後に資本構成が適正であることが前提条件だったことが分かります。ここが“コアとしての資産性”を守るための一丁目一番地。

(2) 交渉力の逆転:”流動性の崖”を迎えてしまった

同社は流動性確保・延長を目的にリストラクチャリングを進め、裁判所承認を得たと説明しています。これは「次の資金が入らないと事業が止まってしまいます」状態に近く、資金提供者(主に上位債権者)の交渉力が一気に強まります。結果として、資金は入っても債権者寄りの条件になりやすく、後続のエクイティが入りにくくなってしまう(救済資金による”クラウディングアウト現象”とでも名付けましょうか)。

(3) 規制(価格決定)と義務投資(Capex)が自由度を奪っていく

英国の水道事業はOfwatの価格レビュー(PR24)により、投資・価格・成果指標に基づいて経営の自由度を強く拘束されています。OfwatはPR24の最終決定で、今後5年間の投資増を強調しています。つまり、必要投資が増えても「好きなタイミングで好きなだけ値上げして回収」はできず、資金需要と資金回収のズレが生じやすい。

さらに報道では、Ofwatが今後の料金引き上げ(5年で35%)を認めた一方、Thames Water側はより大きい引き上げが必要だと主張している、とされています。ここが投資家目線の核心です:

公益セクター投資の最大リスクは「需要」ではなく、規制が許容する回収スピードと求められる投資スピードが噛み合わないこと。

(4) さらに罰金・政治圧力・規制強化がダメ押し

Thames Waterは汚水問題などで強い批判を受けてきたと報じられています。また英国政府は水道会社への規制強化(特別措置)を進める政策文書を公表しており、業界への不信や汚染問題への対応が背景にあるとされています。公益事業=社会インフラなのが通例でしょうから、ここが一段悪化すると、

  • 規制当局が強硬になる

  • 値上げの社会的許容性が下がる

  • 投資家が「規制リスク(政治リスク)」として要求リターンを上げる

という形で、更なる資金コスト上昇として全体に跳ね返ってきます。

(5) そうなると債権者間のバランスが崩れる

Reutersは、同社の緊急資金スキームが上位債権者の支持を得る一方で、下位の一部債権者が反対したことを報じています。この「クラス間対立」が、資金調達の詰まりをさらに加速させていきます。アライメント/セイムボート性の欠如が傷を深くしていく。

  • まとまらない → 追加資金が遅れる

  • 追加資金が遅れる → 流動性がさらに減る

  • 流動性が減る → 条件がさらに悪化する

まさに時間が敵となるケースへ

3. では「何が問題だったのか」

以上のThames Waterの問題点として、以下のポイントが見えてきました。

問題①:資本構成が、規制事業の「不確実性」に耐えられない設計だった

規制事業は一見安定でも、実務上は

  • 価格改定のタイミング

  • 成果未達のペナルティ

  • 政治圧力による裁量

といった不確実性があります。この不確実性を吸収する余裕がないレバレッジだと、少しの逆風で資金繰りが破綻しやすい

問題②:設備投資(Capex)が“任意”ではなく“義務”に近かった

水道は漏水・水質・下水対策など、放置できない投資が多い。PR24でも投資拡大が強調され、成果指標も整理されています。このタイプの投資は、景気が悪いからといって簡単に止められず、資金投入が避けられない。すると「稼ぎは規制で縛られるのに、出費は縛られて増える」という絵になりやすい。

問題③:そもそも値上げがしにくい構造だった

政府・規制当局の強硬姿勢(特別措置)に関する政策文書が出ているように、業界への不信感が強い局面では、値上げや救済策の政治コストが上がります。この「政治コストの上昇」は、資本市場から見ると 将来キャッシュフローのディスカウント率上昇(=資金調達コスト上昇)要素です。

4. そんでもって「エクイティが入りにくい構造」になってしまった

投資家の現場では「じゃあ増資すればいいのでは?」となりがちです。でも、Thames Waterのような局面では増資が難しい。どうして??

(A) 債務が厚すぎると、新規エクイティのアップサイドが見えないから

負債が大きい状態では、新規エクイティが入っても

  • キャッシュは利払い・設備投資に消えていく

  • その結果、配当や株価上昇の余地が見えない

  • しかも規制・罰金・投資義務で不確実性が大きい

つまり、エクイティ投資家としてのリスク・リターンが割に合わない。Moody’sが格下げの文脈で新規エクイティの入りにくさにも触れていることが報じられています。

(B) 結果として「つなぎ資金」が更に高コスト化

緊急資金が必要になり、裁判所承認を得た最大30億ポンド規模の資金で延命する展開になりました。(報道では高金利の救済融資の議論も出ています。 )この「つなぎ資金(救済資金)」が高コストになるほど、将来のフリーキャッシュフローは削られ、ますますエクイティが入らない。まさに資金繰りのダウンスパイラル。

5. 本当にこれはコア投資なのだろうか

後講釈にはなってしまいますが、あらためて公益事業へのコア投資戦略とは?を考えてみます。確かにThames Waterはアセットの性質としては「公益事業(=コア寄り)」に見えます。しかし投資家にとっての実態は、資本構成と規制・義務投資・社会政治リスクが絡み合い、資金調達面でディストレスに近い挙動を示しています。ここが、実務家としては頭に入れておきたいポイントではないでしょうか。

単純な「アセット種別」でコア投資を理解するのでなく、「契約・規制が規定するキャッシュフローの確からしさ」だけでもなく、それらと資本構成が吸収できるショックの大きさの掛け算の総合分析だ。

6. ではDDで何を質問すべき(だったのか)

Thames Waterを“反面教師”として、規制ユーティリティ/コンセッションのDDで必ず確認したい質問を、実務用に並べます。

A. 規制・価格レビュー(PR)周り

  1. 次の価格レビューまでの収益確度は?(シナリオ別の収益レンジ)

  2. 許容WACC・回収スピードが、インフレ・金利上昇局面でどう見直される設計か?

  3. 成果指標未達時のペナルティ最大値と、過去の達成状況は?(PR24で投資拡大・成果フレームが強調されている点は背景として重要です。 )

B. Capex(義務投資)の下方硬直性

  1. Capexの“下げられなさ”を分類・把握・評価できるか?

    • 法令・許認可で必須

    • 規制期待(実質必須)

    • 任意(延期可能)

     

  2. Capex増を料金へ転嫁できない場合の資金手当てはどうする設計か?

C. 流動性・資本構成の確認点

  1. 流動性ランウェイ(いつまで資金が持つか)を月次・四半期で管理しているか?

  2. 格下げ時のトリガー(担保・利率・配当制限・追加資金要求)は?

  3. 債務のクラス構造(上位/下位)と、リストラクチャリング時の力学は?

D. 政治・社会リスク(規制強化、特別措置)

  1. 汚染・苦情・サービス不全が政治問題化した際、規制がどの方向へ振れるかの過去事例は?

  2. 監督当局・政府が「特別措置」を強める局面に耐えられるか?

7. 教訓

Thames Waterのケースから得られる実務的な結論はシンプルです。

  • 公益事業は「需要」が安定していても、資本構成が脆いと、資金繰りが先に詰む

  • 規制(PR)と成果義務・投資義務が強い産業では、回収スピードと投資スピードがズレた瞬間に資金繰りが一気に苦しくなる

  • 結果として、救済資金が高コスト化 → エクイティが入りにくい → さらに救済依存、という形でダウンスパイラルが加速し得る

参考にした公開情報(出典)

  • Thames Water 公式:Restructuring Plan Sanctioned(2025/2/18)

  • Thames Water 公式:About us(16 million customers)

  • Reuters:restructuring plan / creditor vote / debt / funding(2025/1/22)

  • AP:court approval sought for up to £3bn emergency funding、35% vs 53% 等(2025年報道)

  • Ofwat:PR24 Final determinations(投資拡大の説明)

  • GOV.UK:水道セクターのボーナス規制等(ニュースリリース)

  • GOV.UK:Water (Special Measures) Bill policy statement / Act 解説文書 

  • The Guardian:高コスト救済資金等の論点(裁判・世論の文脈)

それでは今週もご自愛ください。