ポストイットでもお馴染みの消費財メーカー3Mですが、クレジット投資、特にディストレスト投資の世界で注目を集めております。なんともニッチな話題であり、オルタナ投資の末端で恐縮ですが、その筋では”ホット・イッシュー”でありまして、実に奥深い議論が内包されているお話であります。
そもそも本コラムはオルタナティブ投資コンテンツを目指しておりますが(あくまで目標です笑)、こういう渋いトピックを取り上げながら、皆様と共有できるマニアックな喜びを何卒お許し下さい。
さてさて、本日参照したのは以下の記事です。
FT記事:3M’s bankruptcy plans for Aearo unit hit by surprise court ruling より
事の発端は3Mの子会社であるAearo社に起因します。ここは軍関係社用のイヤープラグ、つまりは耳栓を作っている会社なのですが、製品の不備を理由に20万を超える”mass-tort”、いわゆる集団訴訟を起こされております。その耳栓を使用したにもかかわらず、難聴や失聴を引き起こしているというのが主な理由です。
これに対して3Mが取った法廷戦術はAearoをチャプター11に入れ、親会社に遡及する債務を断ち切る目的で、法的整理を画策する作戦でした。記事によりますと集団訴訟においてCH11に入ることは珍しい話ではないらしく、通常は賠償金を訴訟人がそれぞれ受け取ってシャンシャンで終わる事が多いそうです。
特にリッチな大企業にとっては子会社をCH11に入れる事で、親会社自身に債務が遡及されないように遮断するのが定石だとか。この流れは1990年代に起こったアスベスト訴訟に端を発しており、加害者・被害者にとってもCH11を通じた金銭的和解は素早い和解に導くためのツールとなっています。
その流れは脈々と受け継がれ、大企業が集団訴訟や大きな債務リスクに直面した時に、新設子会社に債務を背負わせる形をとり、さらにそれをCH11に入れて直接の債務リスクを回避するという事例がトレンドとして定着。オピオイド訴訟でCH11に入ったPurdue Pharmaのケースにおいても創業家は破産リスクを免れ、会社だけがCH11に入っている例が挙げられます。
最近はJohnson&Johnsonまでも同様の手法をとったおり、業界的には”Texas Two-step”という名前で、新設子会社に債務を背負わせ、CH11に入れる手法がクローズアップされています。試験には絶対出ませんが笑、スペシャル・シチュエーションもしくはPEの関係者であれば知っておきたい豆知識ですよね。
そして今回のAearoです。(ちなみに3Mは”Texas Two-step”に該当しないと主張しています)Aearoは長い歴史を持つ会社であるし、$100mm以上の売り上げもある。そして独立した取締役会も設置しており、なおかつ10億ドルを超える資金援助もしてきた。よって3MにとってはAearoの支援はもう限界であり、インディアナ州裁判所において既存の訴訟にケリをつける意味で破産申し立てをするのは自然の流れにあった、のでしょう。ところが、是とする専門家の予想に反して裁判所はCH11に入る事を拒絶したところから一気に注目を集めました。
J&Jでは相当企業寄りの判決が出ていたにもかかわらず、正反対の判断がインディアナ州の裁判所で下されたのです。いうまでもなく破産を申し出るメリットとしては多数の個人訴訟を一つにまとめ、裁判所の指示に従い、統一基準で”スピーディー”に和解・弁済できることにあります。(ちなみに通常は”trust fund”という器が作られ、その財産から和解金が払われるという仕組みになってます。すいません、話が逸れてしまいました。)
なのにAearoケースでは認められなかった。理由の一つとしては3MがAearoのtrust fundに追加資金を投じる事を拒絶したことが理由の一つのようですが、裁判所としては一方的な金銭的和解で終わらせるのではなく、(悪意あるTexas Two-Stepにおいては)原告の心理面を考慮して法廷で双方の利害を議論した方がよい、という考えにもつながっているようです。
記事ではすべての原告が金銭的な解決だけを求めているのではない、とのコメントがありますが集団訴訟におけるCH 11を使った”スムーズな”和解が必ずしも担保されなくなった、本事例はまさに注目すべき事例かと思うのです。この点においては訴訟債権を扱う戦略やSS戦略、それにPEファンドのソーシングなどの面でもより複雑性を増していく事例になる可能性があり、案件ソーシング担当者の頭を悩ませる話題がまた一つ、密かに増えていると感じます。
本当に投資は難しいな、と感じるばかりですがプロの端くれとしてはこんな末端の話題にこそ注目して参りたいと考えるのです。
それでは今週もご自愛ください。