投資戦略

急成長する訴訟ファイナンス・ファンド(第三回)

欧州の代表的集団損害案件の内部構造

1. はじめに:欧州の大型訴訟は制度・市場・歴史が積み重なった結果として生まれる

第2回では欧州で訴訟ファイナンスが伸びる“構造的理由”を説明しましたが、今回の第3回では欧州の象徴的な主要訴訟を深掘りし、「なぜ巨大化したのか」を考えてみます。というのも、欧州の大型訴訟は、単に企業の違反行為に基づくだけではなく、

  • 市場の構造特性(寡占・長期契約・支配的企業)
  • 行政・司法制度(EC制裁、各国裁判所の判断の連動)
  • 経済学的分析(価格モデル、過払分析)
  • 数十年にわたる企業行動のパターン

といった背景が複雑に絡み合うことで、事件規模が巨大化する傾向があるためです。よって訴訟ファイナンスが活躍する余地も大きくなるという流れを理解する必要があります。


事例研究①:Truck Cartel

14年間放置され続けてきた価格カルテルの存在

■ 背景:欧州トラック産業は高度寡占状態だった

欧州の中大型トラック市場は、歴史的に以下のメーカー間での寡占状態にありました:

  • Daimler(Mercedes-Benz)
  • Volvo/Renault
  • Iveco
  • MAN
  • DAF

市場参入障壁が非常に高く、技術水準・老朽入替サイクル・排ガス規制などが複雑に絡み、新規参入がほぼ不可能とも言える市場でした。そんな中で・・・

■ 発端:欧州委員会のリニエンシー制度(自主申告制度)

2000年代後半、MANが欧州委員会にみずからカルテルの存在を届け出て、自主申告したことでカルテルが露見。発端は内部からのタレコミ情報でした。ECはMANに対して7割〜9割とも言われる制裁金減免と引き換えに、内部文書・メール・会合記録など膨大な証拠提供を受けたと公表しています。

■ 違反行為(公開情報)

  • 新型車両価格の協調
  • 値上げ時期の調整
  • 排ガス規制(Euro規制)に伴うコスト転嫁の協議
  • 14年間もの長期にわたる継続的合意

このような行為類型の多さが、民事損害賠償の複雑さ・ハードルの高さをを増していきます。

■ 民事損害の特徴

1社あたり小額 × 原告数数十万社 → 総額巨大

  • 被害企業:運送会社、リース会社、物流業者
  • 損害内容:不当に高く設定された車両価格

■ 損害算定(公開情報)

欧州の複数の裁判所で、

  • 平均過払額 5〜10%
  • 期間によって異なる
  • 車両種類によって損害の幅が違う

といったエコノミクス分析が採用されています。

■ 事件の特殊性

  • 14年分の価格データが必要
  • 27カ国の原告を束ねる必要
  • 物流業者は中小企業が大半 → 訴訟費用負担が不可能
  • 国によって訴訟手続が異なる

このような背景もあり、まさに”全欧州的”な制度的訴訟になっていきました。


事例研究②:Google Android

欧州デジタル市場を揺るがした支配力の濫用

第2回でも本訴訟の制裁金に触れましたが、ここではなぜ問題になったのか、その背景を考察してみます。

■ 背景:スマートフォンOSはAndroidとiOSの二強だった

欧州でAndroidは70%以上の市場シェアを持っていたのですが、そのため端末メーカーはGoogleと契約せざるを得ない構造が生まれていました。

■ 問題視されたGoogleの慣行

  1. 端末メーカーにGoogleアプリのプリインストールを義務付け
  2. 検索エンジンをGoogleに設定することを要求
  3. 他OSを採用しない契約条件を課す(排他契約)

欧州委員会はこれらを市場支配的地位の濫用(Article 102 TFEU)として認定。

■ 民事損害のポイント

  • Googleの行動が競争を阻害した
  • 競合検索エンジン(例:Bing、DuckDuckGo)、アプリ開発者が不利益を被った可能性
  • 損害は消費者にも波及したとする経済学モデルが公開情報として存在

■ 事件の特殊性

  • 競争法 × デジタル市場 × プラットフォーマーという三重構造
  • 技術的理解(OS、検索アルゴリズム、アプリ市場)が必要
  • 損害分析が高度な経済学(Econometrics)に依存

こちらは欧州のデジタル規制強化の象徴とも言える事件です。


事例研究③:Wirecard

”ドイツ版エンロン”と呼ばれた経済事件

Wirecard事件は欧州金融史で最大級のスキャンダルであり、損害賠償の規模・複雑性・当局の失態など複数の要因が重なっています。

■ 背景:ユーロ圏を代表する成長著しいフィンテック企業、だった

Wirecardは一時、ドイツの代表的FintechとしてDAX指数構成銘柄にも組み込まれた企業でした。

■ 発端:アジア拠点の売上実在疑惑

  • シンガポール・フィリピンなどでの架空売上が指摘されたことから始まる
  • Financial Timesの investigative reporting が突破口
  • KPMGによるフォレンジック監査が一部データを確認できず
  • 最終的に19億ユーロの現金が存在しなかったことが判明

■ 倒産後に生じた法的問題

  1. 投資家への開示不備(Prospectus Regulation)
  2. 監査法人EYの監査責任
  3. BaFin(監督当局)の対応遅れ
  4. ショートセラーの通報を軽視したことが指摘される

■ 損害構造

  • 株価が数日で99%以上暴落
  • 世界中の投資家が損失
  • ドイツ史上最大の投資家訴訟規模へ

Wirecardは、
“金融 × 規制 × 会計不正 × 国際構造”という複合事件で、訴訟の範囲が極めて広い点が特徴です。


事例研究④:Dieselエンジンによる排気ガス不正(ディーゼル・ゲート)

環境規制 × 技術不正の象徴

■ 背景

2015年、Volkswagen が排ガス試験を不正に操作した疑惑が発覚(いわゆる“ディーゼルゲート”)。欧州ではディーゼル車の比率が高いため、影響は特に大きかった事件です。

■ 争点

  • 排ガス浄化装置の“defeat device (試験環境でのみ排ガス基準を満たすソフト)に意図的な操作が加えられていた
  • 消費者の購入判断に影響
  • 環境規制(Euro規制)への重大違反

■ 損害賠償の観点

  • 消費者の購入価格が本来より高かった
  • 車両価値が暴落
  • 各国政府が行政罰を検討

■ 特徴

  • 技術不正という専門性
  • 消費者一人あたり数千ユーロだが原告数は数百万
  • 民事・行政・刑事が絡み合う

この事件は、欧州の環境規制の厳しさと訴訟リスクを象徴する事例といえます。


事例研究⑤:不動産ローン金利カルテル(スペイン・ポルトガル等)

欧州南部では、2000年代〜2010年代に銀行間の金利操作が問題視され、消費者が過払請求を行う事例が多数生まれました。

■ 背景

  • 銀行が変動金利の算定式(IRPHなど)を不透明な手法で意図的に操作
  • 市場金利より高く設定されていたとされる
  • スペイン最高裁が複数の判断を下すなど、法的議論が継続

■ 特徴

  • 原告数が膨大(数十万〜数百万世帯)
  • 個別の損害は小さいが総額は巨大
  • 法律・金融・統計の専門性が必要

この手の消費者金融カルテル訴訟は、Representative Actions Directive 以降さらに増加が予測されます。


3. これらの事件に共通する6つの特徴

  1. 被害者数が多国籍である(国境を越える)
  2. 損害額の集計にビッグデータと高度経済分析が必要
  3. 訴訟費用が莫大(数百万〜数千万ユーロ)
  4. 個々の原告は小口で、訴訟費用を負担できない
  5. 行政制裁と民事賠償が分離されているため2段階の請求が発生
  6. 単一国の裁判制度では扱いきれない複雑性

もう言うまでもない。これらすべての事情が訴訟ファイナンスの存在意義を高める理由となっています。


8. まとめ:欧州の代表的訴訟事例は、個別現象ではなく市場構造に起因する

欧州の巨大訴訟案件はバラバラの出来事ではなく、以下の統一フレームで説明できます:

「寡占市場 × 規制強化 × 技術進歩 × 国境を超える被害」→ すべてが制度として巨大損害賠償を生む

次回(第4回)は「訴訟ファイナンスのビジネスモデル ― リターン/リスク/投資家保護の枠組み」について考えてみたいと思います。