なぜ今「訴訟ファイナンス」なのか
つい先日の日経新聞でも取り上げられ、我が国でも俄然注目を集めるようになった訴訟ファンド。ただしくは訴訟費用を「負担する」ファンドなので、訴訟ファイナンスファンドという定義がしっくりきます。だけどその実態についてはベールに包まれている・・・そんな印象の方も多いのではないでしょうか。
もしかすると、これまで耳にしたこともある!という方でも、やたら好戦的に訴訟を仕掛けまくる、企業や政府を困らせるやっかいな存在でしょ?とお感じになっている方もいらっしゃるかもしれません。実はそんな注目を集めた、アルゼンチン国債等の返済を巡って国際的な訴訟を行うクレジット(ディストレスト)系のファンドとは異なり、独占禁止法や公害訴訟など広く大衆に関連する訴訟を手掛けるプレイヤーが今回のテーマです。
ニッチな運用投資手法が大好物である、我々Diagonalですので、今こそそれを取り上げ、皆様にその姿を知って欲しいとの思いで特集をしてみようかと。どちらかというと機関投資家を対象としたプロ向けのコラムになりますが、少し金融知識のある方であれば理解できるようにできるだけ平易に説明しますので、(お時間あれば)お付き合いください。
世界中で関心が高まる
そもそもですが、訴訟ファイナンス・ファンド=Litigation Finance Fundに対しては世界的に関心が高まっています。その理由として
- 株式・債券・不動産と相関が低いリターン源であること
- 金利や景気動向とは異なる、個別裁判・訴訟の結果に基づくペイアウト(キャッシュフロー)が期待されること
- 同時に、零細企業や個人とって優れた訴訟チームを雇いながら、大企業や政府に対抗できるという”アクセス・トゥ・ジャスティス”(つまりは司法制度へのアクセスを容易にする)にも資するという社会的側面があります。
もともと訴訟ファイナンスは、オーストラリアや英国などのコモンロー諸国で発展してきた比較的新しい分野ですが、歴史を辿ると1990年代から既に存在していたと指摘されています。(clp.law.harvard.edu)。あるファンドは”Prevail Justice”=正義を社会に組まなく普及させる、なんていう標語を掲げており、一般市民でも不利益を被った方に大企業に対抗できる手段を提供するという社会的な面をアピールしています。
訴訟ファイナンスの基本構造
まずはその定義から。英語だとLitigation Finance 、もしくはThird-Party Fundingなんて表現をしますが、本記事ではそれをまとめて訴訟ファイナンスと定義します。そしてその内容は
「訴訟や仲裁に要する弁護士費用・専門家費用・裁判費用などを、第三者の投資家が“ノンリコース”で負担し、勝訴・和解で得られる金銭の一部を成功報酬として受け取る仕組み」
を指します。(jusmundi.com)
ここでのポイントは「ノンリコース(Non-Recourse)」ですよ。
負けた場合、第三者の投資家=訴訟ファイナンス・ファンドは裁判費用の返済を原告に求めない、つまりは原告にとって訴訟費用は気にしなくていいという特徴があります。
典型的なスキーム
- 原告(企業・投資家・消費者グループなど)が、被告(企業・政府等)に対して損害賠償請求を検討
- 訴訟ファイナンス・ファンド(または第三者投資家)が案件を精査(勝訴可能性・回収可能性・訴額など)
- 妥当と判断した場合、訴訟ファンドが弁護士費用・裁判費用を負担(ノンリコース)
- 勝訴・和解で金銭回収があった場合、その一部をファンドが成功報酬として受領
- 敗訴・回収ゼロの場合、ファンドは投資を失う(原告は費用負担を免れる)
つまり、訴訟ファンドは
どこで生まれ、どう広がってきたのか(豪州・英国・米国)
オーストラリア:先駆者としての役割
訴訟ファイナンスは、1990年代のオーストラリアで、倒産会社の管財人を支援するためのスキームとして発展したとされています。倒産会社は現金がなく訴訟費用を負担できない一方、損害賠償請求権などの資産を持っていることが多く、第三者がそれを資金面で支えることで、債権者の回収可能性を高めるという発想です。(オーストラリア法情報研究所)
その後、クラスアクション(集団訴訟)の普及と相まって、オーストラリア市場は訴訟ファンドの“実験場”として機能し、現在でも世界的に重要な市場の一つとされています。
英国:ALFの設立と制度としての定着
英国ではAssociation of Litigation Funders(ALF)という業界団体が設立され、第三者資金提供に関する自主規制コード(Code of Conduct)を定めています。これにより、
- 資本要件
- 利益相反の管理
- クライアント保護の原則
などが明文化され、訴訟ファイナンスは“グレー”な存在から、一定のガバナンスを備えた金融商品・サービスとして位置づけられつつあります。(jusmundi.com)
米国:巨大な訴訟市場への拡大
米国では、もともと訴訟自体の件数が多く、損害賠償額も大きいことから、訴訟ファイナンスの成長余地は極めて大きいと見られてきました。Harvard Law Schoolのレポートなどによれば、近年は
- 企業の側が、訴訟を「コストセンター」から「資産クラス・資金調達手段」へと再定義し
- 大手上場訴訟ファイナンス提供会社(Burford Capital など)が、数十〜数百件の案件で構成される巨大ポートフォリオを運用
する段階に入っています。(clp.law.harvard.edu)
上場ファンドに見る「ビジネスとしての訴訟ファイナンス」
Burford Capital の例(公開情報ベース)
ロンドンとニューヨークに上場しているBurford Capitalは、世界最大級の訴訟ファイナンス企業の一つです。
2023年の年次報告書によると:
- ポートフォリオ残高は 70億ドル超
- 新規コミットメントは 12億ドル(前年比+4%)
など、単一のファンドというより訴訟関連アセットの巨大な「バランスシートビジネス」として成長していることが分かります。(Annual Reports)
また、同社のポートフォリオ案件では、おおよそ8割程度の案件が有利に解決しているという分析もあり、リターンは
- MOIC(投下資本倍率)で2〜3倍以上
- IRR 20〜30%台
を示すケースも少なくないとされています。
もちろん、これはあくまで上場企業の公開データと一部バイサイド分析に基づく参考値であり、将来の成果を保証するものではありません。
Omni Bridgeway の例(公開情報ベース)
もう一つの代表的プレーヤーがOmni Bridgewayです。
同社は元々1980年代後半に欧州(オランダ)で設立され、IMF Bentham(オーストラリア)との統合を経て、グローバルな訴訟資金・回収プラットフォームとなりました。(Omni Bridgeway)
- 欧州・中東・アジア・北米といった複数拠点でオフィスを展開し
- 企業向けの商事訴訟や、投資条約仲裁(ISDS)、国家相手のエンフォースメントなど、高額・高難度分野に特化している点が特徴です。
投資家にとっての魅力とリスク
まずはその魅力から
- 市場との低相関
- 景気・金利よりも、「訴訟の勝敗」「司法判断」に基づくペイアウト=キャッシュフロー
- 株式・債券・不動産と異なる収益の源泉=市場との相関がない
- 高いリターンポテンシャル
- 成功時にはMOIC 2〜3倍以上、IRR 20〜30%をうかがわせる事例も公開されています(Burford等)。(Annual Reports)
- アクセス・トゥ・ジャスティスへの貢献
- 資金力の乏しい原告(中小企業・個人投資家等)が大企業や政府と対等に争うことを可能にする
- 弁護士や裁判所からも「資金があるからこそ十分な審理ができる」という評価がなされることもあります(clp.law.harvard.edu)
ではそのリスクとは?
- 事件単体では“オール・オア・ナッシング”
- 個別案件が敗訴すれば、ノンリコースゆえに投下資本はゼロになる
- 従って十分な分散(ポートフォリオ化)が前提条件
- 流動性リスク
- 訴訟や仲裁は数年単位で継続
- セカンダリーマーケットは存在するものの、まだ流動性は限定的
- 法的・規制リスク
- 各国の弁護士倫理規定や訴訟資金規制の影響を受ける
- 特に国際仲裁や国家相手の案件では、政治・外交的リスクも存在
- バリュエーションの難しさ
- 未決案件の公正価値を推計するのは容易ではない
- 上場ファンドであっても、評価方法について投資家との対話が続いています(Annual Reports)
まとめ ― 「訴訟ファンド」は新しいが、”実験済み”のアセットクラス
- 訴訟ファイナンスは1990年代にオーストラリアで制度的に始まり、英国・米国で発展してきた
- 現在は、上場企業も存在する「数十億ドル規模のビジネス」として確立されつつある
- 投資家にとっては、
- 低相関
- 高リターンポテンシャル
- 社会的意義
を併せ持つ一方、 - 流動性
- 規制
- 個別案件のリスク
を見極める必要があります
次回は「第2回:欧州で訴訟ファイナンスが急拡大する背景 ― クラスアクションと競争法の強化」をテーマに、
特に欧州委員会による巨大カルテル制裁や、Representative Actions Directiveなどの制度を軸に整理していきます。