以前このブログで「ETFの支配者」としてJane Streetを紹介してから数年、その存在感はさらに増し、同時に規制リスクという新しい影も落ちてきました。当時のFT特集 “Wall Street’s unknown trading powerhouse” に衝撃を受けて書いたのが先の記事ですが、いまや「無名のパワーハウス」どころか、スーパー有名企業に。
債権市場とETFを語るうえで避けて通れない存在になっています。実はDiagonalの記事でも常にアクセス数No.1の会社なんです。それだけ報道記事が少ないのかな?
なので・・・今回は、その「続編」として:
- いまのJane Streetはどれくらい稼いでいるのか
- ビジネス構造はどう変わったのか
- インド市場での規制問題や、トレードシークレット訴訟など最近のトピック
- それでもなお、なぜ「システミックに重要」なプレイヤーと見なされるのか
この辺りをまとめてみたいと思います。
1. いまや「シティとBofAを上回る」トレーディング収益
まずは足元の規模感から。
Bloombergが報じた財務資料によると、Jane Streetの2024年の純トレーディング収入は約205億ドル。前年の約106億ドルからほぼ倍増し、シティグループ(約198億ドル)とバンク・オブ・アメリカ(約188億ドル)を上回ったとされています。純利益ベースでも約130億ドルと過去最高水準です。(Bloomberg.com)
自己勘定トレーディングだけで、マネーセンター・バンクのグローバル市場部門全体を上回る収益規模というのは、やっぱ凄すぎ!
さらに、最近の報道・業界推計を総合すると:
- 2024年通年のネット・トレーディング収益は約200億ドル超
- 2025年に入ってからも四半期ベースで歴史的な高水準を更新し続けている(Blockchain News)
とされており、「コロナ相場でたまたま儲かった」どころではなく、ボラティリティ環境の変化をうまく収益に変換し続けている構造的な強さがうかがえます。
2. ETFだけじゃない:グローバルな「流動性マシン」へ
前回の記事では「Bond ETFに強みを持つETFマーケットメイカー」として紹介しましたが、その後さらにビジネスは広がっています。
公開情報や業界レポートの要約から整理すると:(ウィキペディア)
- ETF・株式・債券・FX・デリバティブといった幅広いアセットクラスでマーケットメイク
- 債券ETFでは、取引量ベースで4割前後のシェアを持つとされる
- 米国上場ETFのかなりの部分で公認参加者(AP)を務め、一次・二次市場双方で重要な流動性供給者
- 固定利付証券の月間取引量は2,000億ドル超と推計され、FICC系ハウスと比べても遜色ない規模
加えて、最近はリテール・フローの重要な受け手にもなっています。米オンライン証券のRobinhood向けPFOF(Payment for Order Flow:注文フローの「仕入れ」)では、2025年時点で株式・デリバティブの主要なフロー供給の主要先一つになっているとのデータもあります。(ウィキペディア)
つまり、ETF専門のニッチプレイヤーというよりも:
ETFと債券を中核にしつつ、グローバルな現物・デリバティブ市場の“配電盤”として機能する巨大自己勘定トレーディングハウス
という形容が実態に近そう。
3. 組織・ガバナンスのアップデート:それでも「CEO不在」
創業ストーリーやOCaml中心の技術スタック、リスクをヘッジするための大量のテールリスク保険(プット買い)、CEO不在の経営スタイルといった点は、基本的には過去記事から大きく変わっていません。
補足として、最新の情報では:(ウィキペディア)
- 創業者4人(Tim Reynolds, Michael Jenkins, Rob Granieri, Marc Gerstein)のうち、社内に残っているのは依然としてRob Granieriのみ
- それでもCEO職は空位のままで、実務上は30〜40名ほどのシニアメンバーによる「集団指導体制」
- 従業員数は約3,000人規模に拡大(以前は1,000人程度と報じられていたので、かなりの成長)
- 報酬は個人のPnLではなく会社全体の利益に連動する仕組みが維持されており、「チームプレー」「コード共有」をインセンティブ面から裏付けている
このあたりは、伝統的な投資銀行とはかなり違う世界観で、「プロップ・ファーム版のパートナーシップ制+エンジニア文化」と言った方が近いかもしれません。
4. Millenniumとの「トレードシークレット訴訟」とその余波
ここ数年のトピックとして無視できないのが、ヘッジファンド大手Millennium Managementとの訴訟です。
4-1. 何が起きたのか
- 2024年、Jane StreetはMillenniumと同社に移籍した2名の元トレーダーを相手取り訴訟を提起
- 主張の骨子は、「インドのオプション市場向けに開発した極めて価値の高いトレーディング戦略が持ち出された」というもの(Bloomberg.com)
- 裁判所からは、Jane Street側に対し「本当に守るべき企業秘密が存在するのか、戦略の中身をある程度開示せよ」というプレッシャーもかかり、『アルゴリズムそのものは法的にどこまで守れるのか』という論点が浮き彫りになりました
最終的には2024年末に和解で決着し、詳細は非公開ですが、
「高度なクオンツ戦略は、いまや人材流動とセットで持ち運ばれる」という業界の実態を、かなり生々しく示した事件だったと思います。(Claims Journal)
4-2. インド市場への注目
訴訟のなかで「インド・オプション戦略」がクローズアップされたこともあり、国際的なクオンツ・ハウスがインド市場から稼いでいる規模感に、規制当局・競合・メディアが改めて注目するきっかけともなりました。この文脈は、次のセクションのSEBI(インド証券市場規制当局)によるJane Street制裁へとつながっていきます。
5. SEBIによるインド市場からの排除――「システミックな重要性」の裏返し
2025年のJane Street関連ニュースとして最もインパクトが大きいのが、インド市場からの事実上の締め出しです。
5-1. SEBIの主張
インドの証券規制当局SEBIは、2025年半ば、Jane Streetに対して以下のような認定と制裁を行いました:(フィナンシャル・タイムズ)
- 銀行株オプション(Bank Nifty関連)を用いた「指数操作(index manipulation)」に関与し、違法な利益を得たと主張
- その結果として、約5.5〜5.7億ドル相当の不正利得を没収し、市場からのアクセスを禁止
- Jane Streetは2023〜2025年初頭のインド取引で、累計40億ドル超の利益を上げていたとされる
Jane Street側は、報告書を「扇情的で一方的」と批判し、不正行為を否定していますが、訴訟・異議申立てのプロセスは長期戦になる見込みと報じられています。(フィナンシャル・タイムズ)
5-2. 市場インパクト
SEBIの制裁は、単なる1社の「出禁」では終わりませんでした。
制裁発表後、インドの先物・オプション市場(F&O)では:(The Economic Times)
- 直後の週の指数オプション取引高が前週比で17%超減少
- NSE(National Stock Exchange)のF&O全体でも約2割減の出来高
- 取引所収益への影響懸念も報じられる
つまり、Jane Streetを止めると、市場の回転そのものが鈍る――という構図が、実際のデータとして可視化されてしまったわけです。
この事実は、規制当局にとっては「市場の健全性 vs 流動性」のトレードオフを突きつけられる難しい局面とも言えます。
6. 「システミック・プレイヤー」としてのJane Streetをどう見るか
最後に、以前の記事の締めのフレーズを少しアップデートして考えてみます。
If you think the fixed income ETF market is systemically important, then Jane Street is systemically important.
という同業者コメントを紹介しましたが、いま振り返ると、これはやや控えめですらあったかもしれません。
2020年時点でも:
- Bond ETF市場における圧倒的な売買シェア
- 投資銀行が在庫を持ちにくくなったポスト・ドッドフランク環境下での「最後の流動性供給者」
として重要な役割を担っていましたが、2024〜25年の状況を見ると:
- 純トレーディング収入でメガバンクを上回るプロップ・ハウス
- 債券ETFだけでなく、現物株・オプション・リテールフローにも深く入り込む「市場の配電盤」
- 一方で、インドのように「止めると出来高が一気に減る」ほど依存度の高い市場も現れ始めている
という意味で、より広い意味での「システミックなプレイヤー」になりつつあるように見えます。
投資家・市場参加者から見た論点
- ETF・インデックス投資の裏側で、どれだけ少数の流動性プロバイダーに依存しているのか
- そのプレイヤーが、裁量的なリスク管理(例:テールリスクヘッジの厚さ)と、規制対応の巧拙によって、どこまで安定供給を続けられるのか
- インドの事例のように、特定市場での規制アクションが、グローバル収益と評判にどこまで波及するのか
こうした問いは、Jane Street一社に限らず、Citadel SecuritiesやVirtuといった他の大手マーケットメイカーにも共通するテーマです。
7. おわりに:それでも「知られていない」巨大企業
ここまで見てきた通り、Jane Streetはもはや「知る人ぞ知る」どころか、数値だけ見ればウォール街でも最も儲かっている会社の一つになっています。(Bloomberg.com)
それでも、一般の投資家や機関投資家の一部にとっても、まだ「名前は聞いたことがあるけれど、実態はよく知らない」存在かもしれません。だからこそ、ETFや債券市場、あるいはインドのような新興デリバティブ市場の構造を考えるとき、Jane Streetを一度じっくり眺めてみる価値があるのだと思います。
今後も、
- 規制当局との綱引きがどう決着していくのか
- 新興市場・新アセットクラス(クリプト等)へのリスクテイクをどの程度再開・拡大するのか
- 「CEO不在・OCaml文化」という独特の組織が、どこまでスケールし続けられるのか
あたりをフォローしていきたいと思います。
本日もよい一日を。
参考文献・参照先
- Bloomberg「ジェーン・ストリート、トレーディング収入がシティとBofA上回る」(2025年4月24日)(Bloomberg.com)
- Jane Street公式サイト “Home :: Jane Street” (janestreet.com)
- Jane Street Capital – Wikipedia(創業者・組織構造・市場シェア等)(ウィキペディア)
- Bloomberg「ジェーン・ストリート、盗まれた秘密開示必要-存在せずとミレニアム側」(2024年5月17日)およびその後の和解報道(Bloomberg.com)
- Financial Times “’Sinister scheme’: India ban threatens Jane Street’s money machine”(2025年7月頃)(フィナンシャル・タイムズ)
- MarketWatch “Indian regulator locks U.S. trading firm out of its stock market, accusing it of ‘index manipulation’ and ‘unlawful gains’”(マーケットウォッチ)
- The Economic Times “F&O trade volumes slump nearly 20% after Sebi ban on Jane Street”(The Economic Times)