私がイメージするエンド・ゲームと言えば人気映画アベンジャーズの後期作で宿敵サノスと対決するバトル・ムービーなんですが、今日の話題は日本人にも馴染み深いバーゼル規制とのエンド・ゲーム。
バブル期に最盛期を迎えた邦銀の勢いを割く目的に導入された?とも言われた、あの銀行規制であります。当時は「バーゼル敗戦」などと銘した本も出版されたくらいなんですよ(遠い目)。
それからITバブル崩壊、リーマンショックを超えて、ひたすらリスクテイクの抑制と自己資本の充実、さらにリスク管理の高度化に邁進してきたのが、これまでの銀行規制の流れでした。
最近怒った欧州メガバンク救済、米国地方銀行の破綻騒動を尻目に抜群の安定感を見せる邦銀の皆様には、「あー、なんだか他は苦労してそうだよね」と試験前に抜かりなく準備してきたトップ受験生の境地にあるかと思いますが、ここにきて米銀を中心に前例を見ない巻き返し=反対運動が盛り上がっていることを本コラムでは取り上げたいと思います。
FTの名物特集記事BIG READということもあって、ボリュームたっぷりな記事を要約・割愛させて頂きながら、米国内で燃え盛る「バーゼルありえねえ」という機運をお伝えしつつ、これまで日本がたどってきた道程のように思え、懐かしく、それでいて規制とは揺れ動く政治闘争の産物である、との思いを強くする記事であります。
FT記事:The US pushback against ‘Basel Endgame’より
米国の高速道路沿いでは、ある変わった看板がドライバーの注目を集めようと躍起になっている。これまでの、教会や自動車ディーラー、ドライブスルーのハンバーガーショップの広告に加え、銀行の資本規制という一風変わったトピックの宣伝なのだ。
昨年7月下旬、アメリカの銀行規制当局が銀行の安全性を強化するという計画を発表して以来、この問題はかつてないほど議論を巻き起こしている。
(中略)当局が「バーゼルIIIの最終化」として公式に知られている改革を推し進めれば、「一般的なアメリカ人」に悲惨な結果をもたらすと広告は警告しており、当地アメリカでは「バーゼル・エンドゲーム」と終末的に呼ばれている。
議会では党派を超えてアメリカ国内の規制当局が改革を実施することに反対している。その主張は連邦準備制度理事会(FRB)、連邦預金保険公社(FDA)、通貨監督庁(Office of the Comptroller of the Currency)がその権限を超えており、世界的に合意されたものより厳しい措置を一方的に適用することで、米銀の競争力を低下させかねないというのだ。
米国の銀行幹部もこの提案を公に非難している。JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモン最高経営責任者(CEO)は、米国の銀行が投資不可能になるリスクがあると警告している。銀行ロビー団体は訴訟を起こすと脅している。
2017年から2021年までFRBの監督部門を率いたランダル・クオールズによると、これらの抵抗運動の激しさについて「前例がない」と述べ、広告キャンペーンの「広範さ」と、訴訟に訴えることを厭わない業界の強気の姿勢を指摘する。
ウォール街で経験を積んだ人々は、公然かつ熾烈な反対運動は、金融危機後に可決されたドッド・フランク法(銀行の経営方法にはるかに大きな変化をもたらす規則パッケージ)に対する反発をも凌ぐものだと言う。「こんなことは見たことがない」と、法律事務所ポール・ワイスの金融サービスグループ共同代表、ジャリード・アンダーソンは言う。
多くの中小銀行を含む厳格化規則の擁護者たちは、中小企業が信用供与を受けられなくなるという懸念は行き過ぎだと言う。彼らは、危機から力強く回復し、欧州の同業他社よりも収益性の高い米国の銀行は、影響を吸収する余裕があると主張している。
バーゼル規制をめぐる争いは、10年後の金融業界の姿をめぐる争いでもある。
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2004年まで遡る一連の規則により、銀行は監督当局が定めた標準的なリスク指標ではなく、独自のモデルを用いてRWAを算出することが認められていた。
ところが委員会は、「幅広い利害関係者が銀行が報告するリスク加重自己資本比率への信頼を失った」とし、社内モデルの使用を大幅に制限する改定案を「RWA算出の信頼性回復に役立つ」と主張に基づき提案している。
議論に携わった関係者によれば、米国の規制当局も海外の規制当局とほぼ同じ考えだったという。2021年後半にクオールズが退任するまでに、クオールズと同僚の規制当局は、米銀の自己資本規制を「一桁台半ば」の割合で引き上げると見積もったパッケージで合意していた。
ホワイトハウスは規制緩和を主導したドナルド・トランプ大統領から、より厳格な政策を志向するジョー・バイデン大統領に交代していた。
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バーゼル規制の影響が米国で大きい理由はいくつかある。特にサイバー犯罪などの「オペレーショナル・リスク」については、米国はより保守的なアプローチを採用したため、過去の損失が少ない銀行は現在の必要資本を減らすことができない。
銀行によれば、RWA計算の変更により、住宅ローン、企業向けローン、他の金融機関向けローンに対する自己資本要件が大幅に引き上げられるという。また、暴落の余波を受けて銀行が注力するよう奨励された、ウェルス・マネジメントのようなリスクの低い部門に対しても、より多くの資本が必要となる。
JPモルガンは必要資本が25%増加すると発表し、オートノマスのアナリストはアメリカン・エキスプレスは40%増の資本が必要になると予想した。
この提案はウォール街全体に衝撃を与え、すぐに怒りの声が上がった。
元通貨監督官で、現在は業界コンサルタント、ルートウィッグ・アドバイザーズの最高経営責任者であるジーン・ラドウィッグ氏は、1976年のコミック・スリラーを引き合いに出し、「今起きていることは、まるで映画『ネットワーク』のようだ。「銀行は(これ以上の規制は)もうたくさんだと思うし、ひどく動揺している」。
銀行幹部は、銀行はすでに財務的に強いので規則は必要ないと主張している。米大手銀行8行のロビー活動を行う金融サービス・フォーラムによると、2023年末の自己資本は9,400億ドルで、2009年の2,970億ドル弱から増加している。
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一部の銀行関係者は、このままでは顧客や投資家の目から見ても、アメリカの大手銀行は国際的なライバルに対して競争上不利な立場に置かれることになると主張している。
また、トレーディング業務に対する自己資本規制の強化は、航空会社の燃料費のヘッジ契約や小売業者の外国為替エクスポージャーのような業務を脅かすという現実的な結果をもたらすという。
擁護団体である全米中小企業協会のトッド・マクラッケン会長は、同協会の会員たちは「統合や画一化が進み、金融機関の種類が増えることを懸念している」と語る。新規則に対応して合併する銀行が増えれば、市場の競争が低下する可能性がある。
このような主張には、明らかに恨みを持つ人々以外にも支持者がいる。OCCの元上司であるルートヴィヒ氏も、ドッド・フランク法が制定された当時ほどには変革の必要性は高くないという意見に同意している。「10年以上にわたって改善され、健全に運営されてきた今、状況は変わっている」と彼は付け加える。
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資産運用会社アルジェブリスで金融株ポートフォリオを管理するマーク・コンラッド氏は、もしこの規則が提案通り可決されれば、「ゴールドマンやJPモルガン、大手(米)投資銀行にとっては、(RWAの)大幅なインフレとなり、その運営方法には実質的な影響が及ぶだろう」と言う。
以下省略
それでは今週もご自愛ください。